聖書通読を頑張っていた時の私よ、カムバック!
B読。「B(ible=聖書を)読(む)」のことです。
キリスト教福音宣教会の教祖?リーダー?いや、総会長である鄭明析牧師。そんな鄭明析先生は神様について学ぶために「聖書を2000読はした」とおっしゃいます(10〜20代にかけて)。
会員の私たちにも「神様の歴史なんだから聖書を読まなきゃ」といつも仰るぐらいにキリスト教福音宣教会での信仰生活に欠かせないのが聖書。聖書なしには神様も信じれないし、聖書と共にあらねば好き勝手な信仰生活になりますのでね。
と、いろいろ書きましたが。
「聖書の通読を頑張っていた時の私、どういう環境と心境だったんだ・・・?」とふと考えました。自分を分析することは大事ですね。ということで振り返ります。
私が聖書通読を頑張っていた頃。それは大学生の時。
もっと言えば礼拝デビューして3年も経っていない時。
さらに突き詰めたら<キャンパス(大学生の集まりを指す)でB読レースが開催>されている時。
大体21日とか、40日とか、70日とかなんですよね。

↑その期間ずーっとまじでこういう勢いで読んでた(笑)
通学中も、帰宅中も、空きコマも、礼拝の前後も、ご飯食べている時も、お風呂に入っている時も、寝る前も。
気合十分だから本当にめっちゃ読めるんですよ。
実際、大体のB読レースで数百ページずつは読んでました。
でも、終わった後はいつもこう。
\疲れたぁ〜〜〜/

これで読み続けることを辞めてしまうのが私。笑
イベントがないとやらないのです。生活の中では習慣化できなくてつらたんです。
テストがあるときだけ勉強できるから成績がいいけれど、その時しかやらないから頭には定着していなくて、受験生になって覚えていなくてひーこら言うのと似ていると思う!
いいってわかっていることを続けるのは難しいんだよ〜
好きなことしている方が楽やもん〜〜〜
・・・・ということで、工夫します。
「私、もっとできるよ?」というところで止める
この高等テクニックで習慣化を目指そうとしています。

欲張りすぎ、良くない。その日・その期間はいいけれど、ずっとは続けられない。
終わった途端仰向けに倒れ込んじゃうような感じはあかん(これは本当学んだ)。
信仰生活の中で気合入れて爆走することはたくさんあって良い。だからバランスをとることも一緒にやろう!1つだけを考えてはいけないぞ!(私自身の悟り)
ということで、今回のB読レースの私の様子は以下の通り。

読み始める前は「1日1ページでも多い」って思っちゃうんですけれどね。でも、1ページってすっごい中途半端ですっごいもどかしくって続きを読みたくなっちゃうんですよ。どれぐらいかというと・・・

↑今読んでいる使徒行伝。
1章も終わっていないのに1日目のノルマが終了。
「もっと読めるよ?」と思うけれどもあえてそこでやめる。
そしたら「明日続き読みたいわ」って思えるようになりました。
おかげさまで今日まで続いています(笑)
1ページだともどかしいので2週目からは毎日2ページずつにしています。
無理せず、でも続けて習慣にしていきたいところ。
今後のことを考えると1日のノルマを何ページにするかだよなあ・・・。今私が考えているのは1日5ページ。そしたら一生続けられる気がする。(気がするだけ。)実際にやれるかどうかは私次第ってやつ😂
