教会と信仰のあれこれ

心に重装備をつけていたことに気づいた話

(2020年9月5日追記)
以前書いていたブログの記事を引っ張ってきてみました。2020年以降の記事がこのブログに移行してきてからの記事です。昔の文章はテイストが違うなと思うので見比べてみてください。笑

そりゃフル装備じゃ重いだろう。

心に重装備をつけていた私。

どうも!でんでんです。
昨日、心に重装備をつけていたことを思い出しました。

気づいたんじゃないんです。思い出したんです。

そういえば「<他人を心からは信頼しないよ>という思いと<何事にもいつも少しの疑いを>っていう装備をずーっとつけていたなあ」ということを思い出しました。

あれです。

<見た目は普通だけど実は心の壁がものすごくあるタイプ>。

神様の前でも重装備

キリスト教福音宣教会(以下、CGM)の教会で礼拝を守るようになってから約2年半と少し。

私自身、礼拝にはちゃんと行っていました。が!!

神様の前に進み出ていたと思っていた約2年半の間

考えの中の私・心の中の私(聖書で言うところの”魂”)はというと、

甲冑(西洋風)を着ていたり、

甲冑=完全に信頼できていないが故の防御壁

ゆるキャラの着ぐるみを着ていたり、

ゆるキャラ=可愛らしさ、新婦らしさを表面的に演じる(中身はいつも通りの私)

宇宙服を着ていたり。

宇宙服→自分の理解を超えるものに触れるのをビビっているのか?とりあえず生きられるように自分を保護!ひとまず保護!

そういう重装備をつけながら神様の前に進み出ていました。

サングラスに帽子にマスクなんて序の口です。

もう皮膚すら見えない重装備です。

宇宙服ってなんなんですか聖霊様。

しっかし、こんな状態で礼拝に出ていたとは・・・😭www

みなさん、甲冑やゆるキャラや宇宙服が教会の椅子に座っているイメージをしてみてください。

神様、呆然とされていたのでしょうね・・・すみません本当。

そうです!!!

お気付きの方も多いと思いますが、この3つは全くもっていらない装備です。

「余計of余計」「The best of 葬るべきもの」です。

実は私、ここ数ヶ月間、神様との愛が、笑えるほど絶不調でした🤣

教会の人たちにも、思わず

(๑>◡<๑)<絶不調です!!!☆

と笑顔で言いまくってたぐらい絶不調でした。

何かがずどーーんとのしかかっていた感覚。

それが解けました。

心に装備していた<不信感>、<形式的な感情>、<よくわからないけど保護!防御!>という心理の重さでしたねw

もちろん時には心を守る上で防御壁は大事だと思います。

でも今回は、

『愛する恋人的存在の神様の前で私の心はこんなにも重装備やったんかw

全然信頼できてないやんw』

ということを記録したかったのです。

<人>も「接し方」にかかっているし、<神様>も「接し方」にかかっています。

何をもって接するのかと言うのですか?<自分の行ない>で接するのです。

よく接してくださいとばかり言わないで、自分が相手によく接してこそ、相手もよく接してくれます。

神様に祝福してくださいとばかり言わないで、<自分の完全な行ない>で神様に接してこそ、神様もくださいます。

接するとおりに一目瞭然です!(摂理の御言葉より)

まさにこれ。アーメンです。

このことを認識できたことがまず大収穫です。感謝します!!✨

せっかく聖霊様が教えてくださったから、完全解除に向けて頑張らないとな〜と思ったそんな夜でした!

おやすみなさい!!

ABOUT ME
denden
denden
神様の次に音楽を愛する関西人。 基本ポジティブでテンションが高い。でも考えは深い(と思いたい)。 座右の銘は『楽しんだもん勝ち』。 人生を生きる中で辛かったあの頃の私に、「神様ってすごいんやで!」と伝える自叙伝『小心者、神様に出会う』シリーズをゆるりと更新中。