雑記

キリギリスは自分の生死が左右される時にめっちゃ大胆だった【潔いわ】

今日も主日礼拝でした〜〜!🙌

御言葉の概要はこちらから。笑

twitterに飛べばちゃんと見れます

説教の中でキリギリスの写真が出てきたんですよ。

写真見ながら先生も「美人でしょ〜〜」って紹介してくれたんです。まじでボディとか顔つきが綺麗だった。色が綺麗だし小顔。まじ美人だった。


でもね、その美人なキリギリス、片足がなかったんですよ。左後ろ足。
後ろ足って綺麗な方の足じゃん!触覚も1本なかった。

おいおい!ないよ!?見間違い!?やっぱりないよね!
「キリギリスって後ろ足、片方だけなん?それで完成形?というか触覚もなくない?」と思ってその場で調べちゃいました(オンライン礼拝だからできることですね。礼拝は神様をお迎えして清く進み出る場であるので推奨はしません。気になったら礼拝終わってから調べましょう)。

気になったら調べる現代っ子。


フリー画像でキリギリスの画像を探したんですけれど、結構ずんぐりむっくりしてたり、色が黒かったりするものが多かった。「え、あの子めっちゃ美人やったんや」って思えるぐらい。まじで礼拝で見た子は美人だったわ。

・・・って思ってたんですけれど、そのあとに虫に詳しいメンバーに話を聞いたら「クダマキモドキっぽいよ〜」とのことでした。キリギリスの仲間だって。それならほぼキリギリスですね!

そうそうこんな感じ!

ただ写真のやつはもっと美人だった。この子も綺麗だけれど、もっと緑が深かったし、後ろ足ももっと美しかった。太もも部分のラインが。

調べてわかったこと。

キリギリスは敵に捕まった時に
その綺麗な足を潔く切って逃げる

Oh…予想以上に大胆…

大胆さのありそうなかっこいい美人

たしかにそのキリギリスは綺麗なんだけれど、片足がないのに、触覚がないのに、なんで「綺麗」って先生は心から言っていたのだろうか・・・🤔??

ほんでちょっと経ってから思い浮かびました。

生きるために大胆に足や触覚を切ったから気にならないんだ

「生きていることが美しい」ってやつですよ。
神様から見て、信仰者もこのように見えているんだろうなあって思いました。

いきなりですが、自分の信仰を擬人化してみたいと思います。
私ね、かなり欠損しているんじゃないかなって思います。
神様を信じる清い世界に行くにはあまりにも切らないといけないことが多すぎた。笑

「そうしてでも行きたい」と思えたのが神様を信じる世界。まじで御言葉1から学ぶと良いよ。まじで御言葉が実現された世界は理にかなっている理想郷だと思うので。

まあ切る時にはまだ納得していない部分もあったのでなんやかんやあり、やんややんや心の中で思っていました。けれども、やっぱり切ってよかったと思うのです(やりすぎたなと思うことはたくさんあれども)。
でも神様はそんな欠損も気にせずに、「信仰を持っている」それひとつで「美人だ」と私に言ってくださるのでしょう。嬉しい限りだわ。やったぜ。

昔に先生が深くお祈りしているときの「美人な人がいる。その足だけがカエルの足だった。あなたは愛するか?」のエピソードを思い出しました(めっちゃ端折っています)。愛する人ならばどんな状態でも愛するのです。それが神様。

だから今日も私は神様を愛して走り、ブログを書くのさ〜〜〜

予期せぬ流れで重めな話になっちゃった。
擬人化がよくなかったかな。反省。でもいい例えが他に思い浮かばなくて。発想力不足か知識不足だなあ〜

ABOUT ME
denden
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神様の次に音楽を愛する関西人。 基本ポジティブでテンションが高い。でも考えは深い(と思いたい)。 座右の銘は『楽しんだもん勝ち』。 人生を生きる中で辛かったあの頃の私に、「神様ってすごいんやで!」と伝える自叙伝『小心者、神様に出会う』シリーズをゆるりと更新中。