突然ですが、私の同居人の1人を紹介します。
はい。私の脳内で仲良くしている「ハードル・タカコさん」です。
「タカコさん」の愛称で親しまれ(?)、今一番私の脳内で注目を浴びている存在です。
このタカコさんと別居したくて悩んでおります。
なぜなら、タカコさん。
頑張りを認めてくれないし、認めさせてくれないんです。
私にとって「これはめっちゃ頑張った・・・!」と思うことに対して、『そんだけしかできないんだ』とか言ってくる。
例えば最近筋トレしていますが、その時にも現れます。
腹筋100回、背筋100回、スクワット100回をやったとしましょう。
昨日の私はそんなことやってなかったんです。かなりの大健闘でしょう。
「すごーい!10回ずつでもいいのに100回も!ちゃんと筋肉に効く回数までやったんだね!」と言ってあげるべきところ。
でもタカコさんは『他の筋トレしている人はもっとやっているから』と言ってくるのです。
そして私も「そっか・・・全然できていなかったのか・・・」と思うようになる。
「えー!神様、こんなに嬉しくていいんですか!感謝ー!」と思うことに対して、『いや、そんなんで祝福受けたらいけないから』とか言ってくる。
例えば仕事を頑張った結果、それに見合った報酬(受注なり話が進んだり方針がまとまったり)を得ることってあるじゃないですか。
でもタカコさんは『あなた目指しているのもっと上だよね。そんなところで満足しててどうするの?』と言ってくるのです。
そして私も「そっか・・・こんなんで喜んでちゃいけないか・・・・」と思うようになる。
それで、「まだまだ」「もっともっと」と思うようになる。
タカコさんは『いけいけ!お前なんかまだまだだぞ!』と煽ってくる。
まじで私の脳内から出て行ってくれないかなタカコさん。
自分なりに原因を考えましたが、『理想が高いこと』と『小さなことに感謝できないこと』だなという結論にたどり着きました。
理想の自分と現在の自分を比べて『まだまだだ』って思うことは向上心を持つ上で大事なんですけれど、理想が高すぎると苦痛でしかないんですよね。
酸素のない山を爆走している感じ。呼吸したい。
神様の御言葉聞いてると「理想の自分になれる!」って本気で思えるヒントがたくさんあって、つい高いハードルを自分で敷いてしまうんですよ。
だから小さいことができても感謝もできない、褒めることもできない。
自分の頑張りを自分は認められない。
神様が喜んでくださる「小さな成長」を自分が喜べない。
そんな脳内にタカコさんは堂々と現れる。
そしてより高いハードルを突きつけて越えることを急かす。
ほんまタカコさんどうにかしたいわ。
別居したい対象に「さん」をつけるのもどうかと思ってきた。つけるけど。
自分の考えとタカコさんのいらないコンビ技によって作られた「たっかいハードル」を低くして楽しくハードル越えするのが当面の目標です。
そしたらきっと脳内からタカコさんはいなくなるでしょう。。。笑