教会と信仰のあれこれ

「ヨナ書だけは一生無縁だ」と思っていたけれど、今そのような状況です。【びっくり】

いや〜〜。びっくりびっくり。

今日の礼拝で御言葉を聞いている時に
「今の私の状況、ヨナじゃね?」と気づき、
ヨナ書を読んで「やっぱり」と思って、
御言葉を調べた時に「なるほどお!」と思った。

やっぱり私の感覚だけで聖書の話をするのはちょっと気が引けるからさ。
調べるよね。ちゃんと先生がどう言ってるか確認するよね。

魚怖い・・・。本当にこれクジラ?笑

ヨナ書、読んだことあるでしょうか。
旧約聖書の最後の方にある書物です。私が持っている手のひらサイズの聖書でたった3ページだけの短い書物。
「クジラの中に3日いた人」「ピノキオのモデルになった実話」って聞いたことありますかね?

いやもう、ね。私もそういう認識だったんですよ。
しかもさ、神様を信じて御言葉伝える人なのにね、神様の導きを無視するの。

ニネベの街に罪がはびこったから、神様が「ニネベに行って『ニネベの町を40日後には滅ぼすから悔い改めなさい』と伝えてほしい」って仰っているのに、ヨナはタルシシにいく船に乗っちゃったの。

/タルシシ行きで〜す!\

で、それは神様が願っていることじゃないから嵐を起こしてヨナを止めるわけ。だから一緒に乗っている人たちも被害を受けて、必死に荷物を海に投げながら船を浮かそうとするわけです。でも嵐は止まない。

それで途中思いついたわけです。神様が悟らせてくれたのです。「誰かタルシシに行くべきでない人がいるんじゃないか」と。
ほんで旧約聖書の御心探しの伝統(?)、くじ引きをするわけですよ。で、ヨナに当たるわけです。詳しく聞いたら「ニネベに行くように神様に言われた」というじゃないですか。

なんでこの船乗ってんねーん

ほんで、どうしよう、ヨナがニネベに行くべきなのにタルシシ行きの船に乗っている。どうしたら嵐が静まるんだ、ってパニックになっていた時にヨナが言うわけです。「私を海に投げ入れなさい」と。
これに対して船に乗っていた人々は「神様、この人を海に投げ入れますが、この人の生死によって私たちに裁きを与えないでください。だって御心ですよねええええ」と神様に呼ばわってからヨナを海に投げ入れました。

そしてヨナは鯨に飲まれて、そのお腹の中で3日間過ごします。

ヨナは自分が神様の言葉を聞かないで別の道を行こうとしたから神様が荒波を起こして自分を海に投げ込んだということを悟り、自分の間違いを悔い改め、命を救うために遣わされた使命がどんなに大きいことなのかを悟るようになりました。

それでヨナは神様に悔い改めて祈りました。神様もそのヨナの姿を見て鯨から助けてくださいました。

鯨の中で悔い改めるってすごいよな

そしてヨナは今度こそニネベの街に行って御言葉を宣べ伝え、ニネベの人たちは悔い改めて神様を信じるようになるのでした。

これがヨナ書3章までの話のダイジェストです。

私がヨナ書を読む時はこんな感じでした。

おいおい、ヨナさんよ・・・

「こんなすごい使命をもらっておきながらヨナの態度ありえねえ」

みたいな感じでヨナ書を読んでたんですよね。
私は絶対に神様を信じるし、こんなことは起こさないように頑張るぞ!
・・・・・と思っていたんです。

さっきまでは。笑

今の私はヨナの気持ちがよくわかる!
神様の愛の心をより深く悟るタイミングだということもよくわかる!!!
ニネベの人たちの気持ちもよくわかる!

まさにこんな感じ?

私ね、今日の礼拝を聞いている時に思い出したのがヨナ書の4章なんですよ。
具体的に言うと、

「とうごま・・・」

と、とうごまを思い出したのです。

結局ヨナを通して神様の御言葉を述べ伝えるようにしたことで、(ニネベの人たちの)命を生かすできごとが起こった。それにもかかわらず、ヨナは自分がのべ伝えても彼らが悔い改めないだろうと思ったし、またのべ伝えないとしても、神様が救うべき人は必ず救うはずだと思っていたのだ。すべて神様が判断してなさるだろうとばかり思っていた。
〜中略〜
結局ヨナを通して神様の御言葉を述べ伝えるようにしたことで、命を生かすできごとが起こった。それにもかかわらず、ヨナは彼らのせいで自分も海の中に入る苦痛を受け、彼らによって様々な困難を受けたことを思ったとき、彼らが神様に行なった通りに刑罰を受けて当たり前だと思った。それでニネベの町の東側の丘に小屋を作り、ニネベの町が悔い改めなかった時どのように滅ぼされるのかを眺めていた。のべ伝えておいて、彼らの間違いを許してくださいと神様に求めるどころか、どのように滅ぼすのか見ていたということだ。

そのようなヨナの心を見て、神様は彼を悟らせるため、とうごまを用意して生えさせ、とうごまの陰に入って日照りの苦しみを避けるようにした。しかし、また神様は虫を送ってとうごまを食べさせ、ヨナが暑い日照りにさらされるようにした。ヨナはとうごまが枯れたのを見て文句を言い、苦しんだ。ニネベの町が滅んでいるわけでもなく、自分だけがかんかん照りのもとで苦しみを受けていたので、むしろ死んだ方がましだと言った。この時神様がおっしゃった。「あなたは一夜に生じて一夜に滅びたこのとうごまをさえ惜しんでいる。ましてやニネベの町には12万あまりの多くの人とあまたの家畜がいる。この命をエホバが顧みるべきではないか」とおっしゃった。「とうごまよりもこの命がどんなにもっと大事なのか」とおっしゃった。ヨナを悟らせて命の尊さを悟らせた。神様は命を大事に思い、彼らが悔い改めるときには許してくださるということを悟らせた。ヨナは神様の心情を知らなかったが、その時はじめて悟るようになった。

(2000年9月24日主日礼拝「ニネベの町の悔い改めとヨナの悔い改めで御旨を変えた神様」)
(1番始めの「(ニネベの人たちの)」は文脈が伝わるように足しました。)

うぉおおおぉお・・・
ヨナが「絶対言ってもわからんやろ」って感じてニネベに行きたくなかった心情がとてもよくわかる。それから悔い改めた人たちを見て「なんでやねん、今までそんなそぶりなかったやんか」って思う心情もわかってしまった。一生無縁だと思っていたのに(笑)。「神様が願われることがなされたんならそれめっちゃいいや〜ん!」って言い切る自信があったのに。笑

だから今のところは「私自身がヨナの部分と似てる〜〜〜!」と思っているけれども、違う角度から見れば<ニネベの人のような部分>も、あるかもしれませんね。
でもでも、これ本当私の状況〜〜〜!
今後、どうなることやら〜〜〜〜!!

神様の心情を受けたいと切実に願おう・・・!
神様が願われる未来を私も見たいともう一度願おう・・・!
で、悟ったならヨナのように悔い改めてもう一度進み出すことができそうだな!と思った次第です。

今日の使命者たちも神様の御心に従って行くうち、ある困難や苦難のせいで、神様が心に悟らせてくださったこと、また下さった使命を捨てて、別の道に向かうようになる。しかしヨナのように、そのやることやることがすべてうまくいかないようにするし、波風が起こるようにするし、世の中の波が起こるようにする。神様に浅はかな心を見せないで、他の道に向かって行かないで、最初からニネベの町に向かっていたなら、大きな苦痛を受けなかっただろう。私たちもこの時代に使命をもらった人として、命をかけて、どんな困難があっても、神様が下さった使命の道を歩まなければならない。そして人を救うべき人たちが、罪を犯して刑罰を受けている人たちのことを悔い改めさせ救おうという心を持たないで、神様が彼らを裁いてくれることを願ったりしてはいけない。だから神様はヨナにとうごまの自然啓示を通して根本を悟らせ、間違いを悔い改めさせた。

(2000年9月24日主日礼拝「ニネベの町の悔い改めとヨナの悔い改めで御旨を変えた神様」)

気合の入れなおしだな。楽しくなってきた🔥

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神様の次に音楽を愛する関西人。 基本ポジティブでテンションが高い。でも考えは深い(と思いたい)。 座右の銘は『楽しんだもん勝ち』。 人生を生きる中で辛かったあの頃の私に、「神様ってすごいんやで!」と伝える自叙伝『小心者、神様に出会う』シリーズをゆるりと更新中。