CGMってルールが多いの?|信仰生活11年の私が答えるQ&A【Vol.19】
はじめに
こんにちは!CGM(キリスト教福音宣教会)で信仰生活を送って11年目のでんでんです。
前回は「信仰生活はしんどくないの?」という質問に答えました。
結論、時と場合によります!笑
さて、今回は「CGMってルールが多いの?」という質問です。
宗教というと、守らなければならない決まりがたくさんあって、普段の生活にもいろいろ制限があるイメージを持つ方もいるかもしれません。
食べ物、服装、恋愛、休日の過ごし方……。
実際のところ、どこまで自由なんでしょうか?
でも、そもそも「ルール」って何を指しているんでしょうね。
教会で守るべき決まりなのか、聖書で教わる生き方なのか、それとも自分が信仰を持って大切にしていることなのか。
今回は、CGMで11年間信仰生活を送ってきた私の経験から、そのあたりを整理してお話ししてみようと思います!
CGMってルールが多いの?
昔はちょっと「守らないといけないものが多いな」って思ってました!
今は、「思ったほど多くないかも」という感覚ですね。
CGMにはどんなルールがあるの?
ルールというほど毎度明文化されたりはしてない気はしますが、教団の方針は個性が違うどの教会でも大切にしているところですよね。
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。 これがいちばん大切な、第一のいましめである。 第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。 これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。
マタイによる福音書 22:37-40 口語訳
「御言葉は私たちを生かすもの = 守るべきもの = ルール」だと捉えることもできちゃうとは思います。
大まかには聖書で神様が何を話されているのか、がルールだと思いますね。
あとは教会の発展度合いとかその時にいる人たちによって、地元ルールみたいなのはあるかもしれませんね。
「主日礼拝は10時からだけど、しっかり準備して礼拝を迎えて欲しいから、9時半には着席して祈れるように意識しよう」とか「駐輪場がすぐ埋まっちゃうから徒歩5分圏内に住んでいる近隣の人は徒歩で来てね」とか。
不変的で根本である御言葉が変わるのではなくて、どのレベルでどれぐらいの頻度で活動するかみたいなそういう可変的なところが各々違うって感じですね。
バレーが盛んな教会もあれば、舞台をたくさん企画している教会もあるみたいなね。
ルールを守らなかったらどうなるの?
私の勝手なイメージ、宗教のルールを破ったら「裁き」「罰」みたいなものを受ける、ってステレオタイプがあるんですよね。なんかそんな感じしません?笑
神様は一番『良心』に働きかけられます。
少なくとも私自身は、ルールを守れなかったことで身体的な罰を受けた経験はありません。ですけど、私の中にある良心がチクチク痛むんですよねえ。結構キツいぜ。笑
あと一般常識が欠けている行動を取ってしまった場合は、ちゃんと注意してくれます。それはありがたいですよね。
ルールがあることで、不自由だと感じたことはないの?
押さえるべきポイントを押さえられない、幼いときは不自由だと思ったことはあります。
私は3〜5年目ぐらいから、「なんか思ったよりフリーダムに生きて良さそうだ」「私が勝手に解釈してただけで、神様は別に止めてないな!?」と思うことが増え、今のスタイルに辿り着いています。
日本に住む人は日本国憲法やさまざまな法律の中で生きてますが、毎回1つ1つの行動に「これは○○の*条で書いてあること」とか思わないでしょう?基本的にナチュラルに守って生きてますよね。
神様を信じて生きるポイント=信仰の基本みたいなのを押さえてたらあとは己の行くべき道を行くのみです!
教会の教えと、自分の考えが違う時はどうするの?
研究一択です!!!
それが難しい時は寝かせます。パンの発酵みたいな感じで。しばらく放っていた方がいい時もある。
なにが違うのか、研究です。
・自分が当たり前だと思っている考え方と、教会で言っていることが合わないのか
・今の生活スタイルがあっていないのか
・ふとした時に来る恐れや不安から違う行動をとってしまうのか
・やったことがなくてピンとこないのか
・そもそもの価値がわかっていないのか
・自分を蔑ろにしすぎて新しいものを受け入れられないのか
これ以外にもいろんなパターンがあると思います。
『神様は絶対に私を愛してくださっているから、必ずいい着地点に導いてくださる』と考えながら研究したら、何かの拍子に自ずと道が開けることは今までたくさんありました。
なので、私は「解く」ことがすごく好きです。
ルールを守ることと、神様を信じることは同じなの?
うーん、ニアリーイコール??
神様を信じているからこそ、聖書の御言葉を大切にして、生活の中でも実践したいと思っています。そういう意味では、かなり近いものだと思います。
でも「その時の教会の状況によってそうしているだけ」のことを「一生このルールに従わないといけないんだ」と思う必要はないと思います。
そう思っていてしんどかった時期があるので。
教会がどういう形で歩んできたかを知ると、意外と「なぜその手段を取っているのか」という現在地がよく見えるようになります。
「これは御言葉」「これは御言葉を実践しようとして教会が培ってきた形」と分別できるようになります。
御言葉は大切にしながら、その時の仕組みやルールは今の状況にふさわしければ守ればいいし、合ってないなら新しくしないといけないですね!
よくある質問
Q. CGMの人は、みんな同じ生活をしているの?
→私、こういう宗教関係で「みんな同じ」って聞くと、同じ服を着て同じ髪型で同じ空間で同じ生活リズムで…みたいなクローン人間のような、コピー品のようなものを想像しちゃうんですよね。私だけ??
結論、神様を信じて、バイブルスタディで聖書を学び、教会で礼拝を守ることなど、信仰生活の基本には共通する部分があると思います。
それ以外は個性は様々、生活はバラバラだと思いますよ。その辺詳しく話すQ&A記事がそろそろ出ます!
Q. 教会のルールに納得できない時、質問してもいいの?
→していいです!!
むしろした方がいいと推奨するぐらい。
仕事でも勉強でもわからないことをそのまま放置しておくことで不利益を被るのと同じです!
信仰でもわからないことをそのままにしたらずーーっと残っていてずーーっとわだかまったまま残り続けます。
身近な人やピンときた人に聞いてみたら大体すっきり解決すると思いますよ!
それでもスッキリしない時は、それすなわち人に求めるのではなく神様に進み出るべきタイミングだと思いますので、私はいったん祈ったり、御言葉を読み直したりします。
まとめ
ということで、今回は「CGMってルールが多いの?」という質問に答えてみました。
結論、昔は「守らないといけないことが多いな〜」と思っていましたが、今は「思ったほど多くないかも!」という感覚です。笑
私が11年間の信仰生活を通して感じているのは、聖書の御言葉と、それを実践するために教会が作ってきた仕組みやルールは、必ずしも同じものではないということです。
神様を信じて生きるうえで大切にしたいことはあります。
でも、そのための活動の仕方や仕組みは、教会の状況や時代によって変わることもあるんですよね。
私自身、昔はその違いがよく分からず、「これは守らなきゃ!」と思い込んで、しんどくなったこともありました。
でも、分からないことを研究したり、教会が歩んできた過程を知ったりする中で、少しずつ考え方が変わってきました。
今は、神様を信じるうえで大切なことを押さえながら、自分らしく自由に生きていきたいと思っています。
もちろん、疑問があればこれからも研究しますし、必要であれば仕組みを見直すことも大切だと思います。
ただルールを守ることが目的なのではなく、何のためにそのルールがあるのかを理解すること。
そして、自分の意思で神様を信じて生きること。
それが、信仰生活11年目の私が今、大切にしていることです!
次回予告
さて、次回は「CGMの人って、お酒やタバコはどうしているの?」という質問です。
宗教によっては、お酒やタバコについて決まりがあるところもありますよね。
では、CGMではどうなのでしょうか。
お酒を飲む人はいるの? タバコを吸う人は? そもそも何か決まりがあるの?
次回は、私が教会で教わってきたことや、自分自身の生活を振り返りながらお話ししてみようと思います!
次回もお楽しみに!







