小心者、神様に出会う

小心者、「器用貧乏」を極める

別室登校の続き書こうとしたけれど、水曜日の礼拝の御言葉を聞いたら「なんとなく先にこっちかな〜」と思って。

 

 

昨日が水曜日の礼拝でね、

『みなさん1人1人に神様が作ってくださった見所=絶景があるから、悟ってください。そして何か1つでも新しい絶景を作ってください』って言われたんですよ。

 

 

「うおー?私の絶景スポットという名の個性ってなんだ?」と思い巡らしたわけですよ。。

普通絶景スポットって言ったら、見た人が「うわー!すごーい!」ってなる場所じゃないですか。ものすごく広いとか高いとか美しいとか他のものとは違うとか。

人間に置き換えたら<個性>であり<生きる中で作ってきたもの>だと思うんです。

だから<その人らしさ>が出るというか。

 

 

 

でね、私、人からよく言われるけれど、ほとんど認めていない個性があって。

いやもう本当贅沢な悩みだとはわかっている。けれど本気で悩んでいる。

 

 

他の人から言わせれば『何でもできるね』という言葉。

 

私なりに言うと、『器用貧乏』なんです。

器用貧乏を自負しているのです。

 

 

 

理由は明白(と思っている)。

色んなことやってきたし、色んな努力したし、色んなことに興味があって手を出していたからです。

ピアノとエレクトーンとバレエ×2と習字と英語、夏にはスイミング、冬にはスキー&スノボ、音楽系の部活に所属していたけれど体育大好き。勉強も嫌いじゃないし遊ぶのは大好き。ゲームもするわ本も読むわ漫画も読むわテレビも見るわ。

そしてとりあえず何でもやってみたがり。

 

 

ビビリのくせに人一倍ある好奇心

親の教育方針により「習い事少女」の生活

色んなタイプのものに適応できる基礎能力の完成

 

という感じです。

 

 

 

 

今考えるとやっぱりあんまりいないタイプなのかも。

まあしかし、これを<良いこと>だと認めきれなかったんですよね〜。

「すごい」って言われるけれど、私からしたら「言われるがままやっていた」からすごいも何もないといいますか・・・。すごい贅沢言っているのは何となく感じるのですが。

<自分の個性=絶景スポット>にすら自分でビビる私。笑

知らん間に立ち入り禁止にしてるんだろな〜〜〜〜。

 

 

 

幼少期にこういう発達をしたおかげで、楽しめたことも、極められたこと、役に立てたこともあったりするのですが、何だろう。なんか、「これじゃ足りない」って感じ。

ある時期は『私、要領がいい!』と思って認められていた時もあったんですけどね〜〜〜。

多分ね、1つのことを極めてきたタイプじゃないから『専門家が羨ましい』んでしょうね。

トータルで言えば人生のほとんどで音楽をしていますが、ピアノを習うことも途中でやめている、吹奏楽でバリトンサックス吹いたのも3年で終わったし、軽音のベースは今でもたまに弾くけれど、どっちかというとDTMしてるし・・・。みたいなね。

<ピアニスト>とか<サックス奏者>とか<ベーシスト>ってその道を極めないとなんかいけないような気がして。

これは完全に余計な考えだ』ということも頭の片隅に感じながら思っているのであります。余計だと思っているけれどもこうやって考えているんだよ〜。

 

 

 

 

でもね、今日はその先を行きたいんです。

次、器用貧乏の記事を書くときには『色々人並みにできるけど中途半端だ』って記事じゃなくて、『要領が良いって凄いんだぞ』って記事にできたら絶景づくり成功かな!!と思っているのですよ。

何なら器用貧乏のススメみたいな記事を書きたいぐらい。

 

 

そのために、<神様を知る前までの期間に育ててくださったもの>を大事にできるようになりたいなと思います。

”何でもやってきた”ってやつが私の人生を豊かにしてきたと思いますので、神様と一緒にもっと使ってやろうと思ったのでした。

そういう意思表示のブログでしたとさ!

 

 

自分の<個性=絶景スポット>を作って、<ほかの人にも伝えられる=観光地化>もできた上で、<いろんな人の絶景もわかる=旅行も楽しめる>ようになったら人生もっと楽しいんだろうなと思ったそんな日。

ABOUT ME
denden
denden
神様の次に音楽を愛する関西人。 基本ポジティブでテンションが高い。でも考えは深い(と思いたい)。 座右の銘は『楽しんだもん勝ち』。 人生を生きる中で辛かったあの頃の私に、「神様ってすごいんやで!」と伝える自叙伝『小心者、神様に出会う』シリーズをゆるりと更新中。